第二回九州遠征
1971年3月29日〜4月4日


3月31日
伯備線の三重連の余韻を残しながら
岡山から夜行列車に乗り、九州に二度目の上陸です。
まずは挨拶代わりに筑豊本線・直方へ向かいました。
蒸気ばかりの構内で撮影後、田川線の列車も来る
「直方ー勝野間」で次から次へと来る蒸気を撮りました。

直方駅
「D60-58」+「9600」
重連で通過していく


「D60-58」
種機「D50-97」(9900形・9996)
1925年12月、川崎造船所・兵庫で製造
函館-長万部-追分-岩見沢-追分を経て

1954年10月28日、浜松工場で改造
軸重軽減改造
1954年10月28日、紀伊田辺
郡山-大分を経て
1970年12月16日、直方
 1972年02月07日、廃車 




「D60-33」
普通列車が到着


「D60-33」
種機「D50-317」
1929年03月18日、日立製作所・笠戸で製造
稲沢-木曽福島-金沢-盛岡-釜石を経て

1952年10月11日、長野工場で改造
軸重軽減改造
1952年10月11日、直方
 1972年10月、廃車 




「C55-52」
変形の大型門デフ



「C55-52」
1937年03月14日、汽車会社・大阪で新製
小郡-糸崎-鳥栖-大分-宮崎を経て
1968年10月14日、若松

1972年03月、吉松-鹿児島へ
1975年02月17日、廃車

吉松駅前公園に保存・展示
湧水町鉄道公園




先ほどの「D60-33」が機関区へ帰区



「C11-197」+「C11-162」
変則、頭同士の重連



「C11-197」
1940年10月17日、川崎車両・兵庫で新製
西唐津-熊本-早岐-後藤寺を経て
1952年10月01日、行橋

1973年06月09日、会津若松へ
会津線さよなら列車牽引
1975年01月24日、廃車



「C11-162」
1940年10月10日、汽車会社・大阪で新製
若松-志布志-佐々を経て
1962年04月01日、行橋
1973年11月27日、廃車




「49688」
デフ未装備車


「49688」
1921年09月、川崎造船所・兵庫で新製
会津若松-尻内を経て
1939年04月04日、直方

1973年06月、行橋へ
1974年12月06日、廃車




「79652」
こちらもデフなし


「79652」
1924年12月、汽車製造・大阪で新製
鳥栖-吉松-大分-鳥栖を経て
1947年04月13日、直方
1971年06月23日、廃車




 
「39642」
巨大機関区には大型給炭装置


「39642」
1919年09月、川崎造船所・兵庫で新製
三田尻-熊本-長崎を経て
1950年02月01日、直方
1973年06月10日、廃車




直方機関区はSL天国
「C55」の横を「C11」がすり抜ける




「C55-51」
次の仕業に備える


「C55-51」
1937年03月18日、汽車会社・大阪で新製
小郡-糸崎-鳥栖-大分-宮崎を経て
1968年10月12日、若松
1971年06月23日、廃車




仕業を終え、帰区した「C55-52」

経歴前掲



 直方-勝野
「69613」
セキ編成を引く


「69613」
1922年09月、川崎造船所・兵庫で新製
大里-南延岡を経て
1947年04月18日、直方

1972年09月、若松-後藤寺へ
1974年12月24日、廃車




「D60-46」
バックでセキを引く


「D60-46」
種機「D50-157」(9900型・19956)
1927年02月00日、川崎造船所・兵庫で製造
平-追分-富良野を経て

1954年05月25日、浜松工場で改造

「D60-33」「D60-46」
1954年05月25日、富良野
池田-出水を経て
1964年09月23日、直方

1973年07月、若松へ
1974年06月24日、廃車

飯塚市勝盛公園に保存・展示




「C55-57」
門デフ装備の「C55」


「C55-57」
1937年03月06日、川崎車両・兵庫で新製
小郡-広島-糸崎-鳥栖-大分を経て
1960年10月14日、若松

1972年03月24日、吉松区-鹿児島へ
日豊本線さよなら列車牽引
1975年03月31日、廃車




 「C55-53」
5か月後の8月には引退となる


「C55-53」
1937年03月21日、三菱重工・神戸造船所で新製
大分-宮崎を経て
1968年10月31日、若松
1971年08月17日、廃車



大分市、若草公園に展示・保存
しかし、このカマは「C55-46」で
製造銘板とナンバープレートを交換
「C55-53」を手違いで解体したため
替え玉展示にしたとか




「C11-258」
このカマ、わずか3か月後には廃車


「C11-258」
1944年01月30日、日本車両・名古屋で新製
早岐-佐々-若松を経て
1949年10月01日、直方
1971年06月23日、廃車




「39601」
大型デフ装着

「39601」
1919年06月、川崎造船所・兵庫で新製
上諏訪-甲府-長野-黒沢尻−尻内を経て
1942年10月28日、直方
1973年06月10日、廃車



バックでセキを引く「9600」



「49619」
ばく煙をあげ、セキを引く


「49619」
1920年06月、川崎造船所・兵庫で新製
鹿児島-熊本を経て
1940年06月00日、直方

1972年09月00日、行橋へ
1973年11月30日、廃車




客車を引き、快走する「C11」



セキ編成を引く「D60」



 「D60-22」
「D60」は客貨両用


「D60-22」
種機「D50-85」(9900型・9984)
1925年09月00日、汽車製造・大阪で製造
広島-瀬野-長町-会津若松を経て

1952年06月27日、浜松工場で改造
軸重軽減改造
1952年06月27日、直方
大分-豊後森-出水を経て
1964年09月23日、直方

1973年07月26、若松へ
1973年12月02日、廃車




出発する「C55-52」

経歴前掲



貨物を引く「D60」



 
 「C11-349」
このカマも、わずか
3か月後に休車扱いとなり
そのまま廃車



「C11-349」
1946年08月29日、日本車両・名古屋で新製
西唐津-東唐津-佐々-門司-吉塚-香椎を経て
1969年03月00日、行橋
1972年05月01日、廃車




 手違いで解体された
悲運な、「C55-53」

経歴前掲



 
「D51-42」
 築堤をいく、なめくじ


「D51-42」
1973年02月08日、汽車製造で新製
亀山-姫路-長岡-新津
坂町-秋田-長町を経て
1966年05月28日、行橋

1971年03月31日、若松を経て
1973年10月01日、南延岡へ
1974年06月12日、廃車




 セキ編成を引く、「9600」



普通貨物を引く、「9600」



バック運転の「D60」



 「49619」の引く、長大セキ編成

経歴前掲



 「D60」重連回送



 旅客列車を引く、「C55」



 変則連結の「D60」重連



「D60-33」単機回送

経歴前掲








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