北海道の旅 第一弾
1971年夏

7月18日〜31日

宗谷本線・留萌機関区
7月20日


宗谷本線の「C55」に会いに
「夜行急行 利尻」に乗って南稚内へ
稚内の車両基地は南稚内にあります
その関係で、南稚内から稚内まで
回送列車として運行されていました

本日の担当は、「C55」のトップナンバー
南稚内に降りると
「C55-1」が止まっていた

稚内発の初列車となる列車です。



稚内へ出発


旭川行の一番列車「C55-1」
先ほどの回送列車が折り返し
稚内発の一番列車でやってくる
雨と強風でとても寒かったのを覚えています。
煙もご覧の通りです



音威子府付近をC5549の旅客列車


音威子府駅でひと休みの普通列車
密閉キャブに回転窓を見ると
北海道の厳しさが見えます


音威子府を出発、旭川を目指す「C55-49」
音威子府で長時間停車しての出発です


音威子府構内で休む「19616」


 留萌機関区
日本で唯一の配置「D61」
「D51」の従輪二軸化改造の「D61」は
留萌機関区に6両だけ配置され
留萌・羽幌線のみで運用されていました
「D61-2」
「D51」の二軸化改造車
わずか、6両のみ
留萌に集中配置



「D61-2」
種機「D51-555」
1940年07月17日、郡山工場で製造
一ノ関-福島を経て

1960年09月07日、郡山工場で改造
軸重軽減改造
1960年09月16日、深川区留萌支区
1972年03月25日、廃車


外観は[D51」とまったく一緒


 
左下にプレート、種車が「D51-555」の証


 休車状態の「D61-3」


「D61-3」
種機「D51-555」
1939年01月26日、日立製作所・笠戸で製造
米原-敦賀-原ノ町-福島を経て

1960年10月03日、郡山工場で改造
軸重軽減改造
1960年10月03日、深川区留萌支区-深川
1973年04月24日、廃車

留萌市見晴公園に保存・展示




「D51-4」


「D51-4」
1936年03月27日、川崎車両・兵庫で製造
敦賀-稲沢-静岡-中津川を経て

1966年07月02日、深川
1973年04月24日、廃車



「D51-86」
初期製造車ですが
ナメクジでは無く、標準製造車です



「D51-86」
1937年12月18日、浜松工場で製造
浜松-稲沢-富山-旭川を経て
1969年10月01日、深川
1973年08月10日、廃車

浜松市フラワーパークで保存・展示



「29626」・「49416」


「29626」
1918年07月00日、川崎造船所・兵庫で製造
上諏訪-鳥取-福知山-遠軽-北見-池田を経て
1954年01月01日、深川
1972年06月05日、廃車


「49416」
1920年05月29日、川崎造船所・兵庫で製造
深川-岩見沢-下富良野-旭川-深川-岩見沢を経て
1967年09月21日、深川
1974年12月17日、北見-岩見沢
1976年01月17日、廃車

大井川鉄道千頭駅構内・SL資料館に展示・保存



「D61」のキャブ内
 


北海道の旅 第二弾
1972年冬 3月8日〜16日

二度目の北海道にやって来ました、今回は冬です
三月とは言え、さすが北海道は寒かったです
でも、夏とはまったく違う景色の中で
素晴らしいSLの姿を見ることが出来ました。


宗谷本線・塩狩峠
1972年3月14日

塩狩峠は2日間行ったようですが
日にちが定かではありません。
ネガ順に見ても、良く解りません
取りあえず見てください。
 
「C55-30」
塩狩峠にのS字に挑む、元流線形


「C55-30」
1936年03月16日、川崎車両・兵庫で新製
小樽築港に流線型で配置
1950年6月、鷹取工場で標準型に改装を
旭川-室蘭を経て
1968年10月、旭川
1975年02月、廃車
元流線形として保存予定が
手違いで解体されてしまった




 
 
 
「C55-50」
塩狩峠をばく進


「C55-50」
1937年03月08日、汽車会社・大阪で新製
仙台-青森-会津若松を経て
1950年10月、旭川
1974年11月、廃車

北海道鉄道記念館に保存・展示
小樽市総合博物館に保存・展示

保存中の「C55-50」 
当初は「C55-30」として保存されていたが
指摘されて、本来の姿に
真相は、国鉄の連絡ミスで「C55-30」が
廃車・解体されてしまったから



「C55-47」


「C55-47」
1937年02月、汽車会社・大阪で新製
仙台-会津若松を経て
1950年10月、旭川
1973年11月、廃車
 



 
「D51-915」
貨物列車は「D51」か「9600」


「D51-915」
1944年03月31日、三菱重工業・三原で新製
水戸-旭川を経て
1965年02月、名寄

1972年3月、岩見沢へ
1976年01月17日、廃車
 



「D51-954」
峠を下ってきた貨物列車


「D51-954」
1943年05月07日、日立製作所・笠戸で新製
胆振縦貫鉄道「D51-05」として伊達紋別
1944年7月、国有化
1947年02月、「D51-954」に改番
伊達紋別-追分-名寄を経て
1952年08月、旭川
1975年02月28日、廃車

富良野市文化会館に保存・展示




 
「D51-167」
「ギースル・エジェクター」煙突
燃焼効率が向上するらしい
オーストラリアで開発され
実験で何両かに装着された



「D51-167」
1939年03月25日、日本車両・名古屋で新製
盛岡-下関-柳井-広島を経て
1948年10月、旭川

1973年01月、遠軽へ
1974年07月6日、廃車
 



 
長大編成「キハ56」の急行



普通列車は「キハ22」



「キハ56」、2両編成の急行



山を駆け降りる、「キハ56」急行



塩狩駅で、DC急行と「C55-50」



塩狩駅を出発、旭川へ向かう



最後尾には「DD51」が連結
習熟運転か、スト決行が懐かしい




 
「D51-574」
上り貨物列車


「D51-574」
1940年12月28日、川崎車両・兵庫で新製
米原-浜松-長万部-新得-池田を経て
1969年01月、名寄
1974年03月20日、廃車
 



「塩狩駅」
この時代は、まだ有人駅で
ストーブでパンとハムを焼いて食べました




 「C55-47」と交換し旭川へ向かう



峠を下り、旭川へ



 
 客室内



「49670」
入換風景



「49670」
1920年11月、川崎造船所・兵庫で新製
黒松-岩見沢を経て
1948年12月01日、名寄
1972年11月07日、廃車
 



「C55-50」
旭川に到着?、出発?



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