高島貨物線 
1970年5月

首都圏最後のSLが走る「高島貨物線」は
川崎の新鶴見から横浜・高島を結ぶ路線です
路線のほとんどが電化されていたので
今まで、SLが残っていたのが不思議です。
途中の鶴見川橋りょうでは
東海道本線・京浜東北線と併走するので
近代車両とのツーショットも可能でした。
しかし、1970年9月に全線の電化が完了
役目を「EL」に引き継ぎました
10月には、「D51-791」号機による
さよなら列車が運転され、最後を飾りました

また、2年後の1972年の鉄道開業100周年には
紀伊田辺区の「C57-7」号機を借入
記念列車も運行されました。

「D51-516」
入換誘導で鶴見駅の待機線に到着
京浜東北線のホームから撮影



「D51-516」
1941年11月12日、大宮工場で新製
新鶴見-大宮を経て
1969年04月、新鶴見 
1970年11月、廃車
 
横浜市・本牧市民公園で保存・展示




「D51-516」が待避線で出発を待つ
後ろは京浜東北線「103系」




「D51-451」
新鶴見から上り貨物が到着


「D51-451」
1940年02月27日、汽車製造で新製
水戸-新鶴見-白河-宇都宮-白河
宇都宮-大宮を経て
1967年02月、新鶴見 
1970年11月、廃車 

昭島市・昭和公園で保存・展示




上下列車の離合



「D51-516」が新鶴見へ向け、出発



「D51-207」
鶴見から高島へ向け、出発


「D51-207」
1939年03月22日、浜松工場で新製
敦賀-浜松-柳井-田端-八王子を経て
1970年04月、新鶴見

1970年06月、米子-長野へ
1972年11月、廃車    




「D51-130」
鶴見から新鶴見へ向け、出発



「D51-130」
1938年09月17日、日立製作所・笠戸で新製
糸魚川-松本-上諏訪-直江津-長岡を経て
1969年09月、新鶴見

1971年03月、秋田-弘前へ
1971年10月、廃車
       



東海道線をオーバークロス、鶴見へ下る
「D51-516」を先頭に重連貨物




鶴見を出発、オーバークロスヘ向かう



「D51-296」
鶴見川を渡る、下り貨物


「D51-296」
1939年10月18日、川崎車両・兵庫で新製
秋田-坂町-直江津-上田-直江津-長岡を経て
1969年08月、新鶴見

1970年10月、青森へ
1972年03月、廃車 

府中市・郷土の森l交通公園で保存・展示




鶴見川を渡る、単機回送



鶴見川を渡る、上り貨物
後ろを京浜東北線「103系」がいく




鶴見川を渡る、下り貨物



鶴見川を渡る、上り貨物
東海道本線の「EF58」と離合




鶴見川を渡る、下り貨物



鶴見川を渡る、「D51-130」



鶴見川を渡る、下り貨物



鶴見川を渡る、下り貨物



築堤を進む、「D51-296」



「D51-646」
鶴見川の築堤を行く、上り貨物


「D51-646」
1941年05月14日、日立製作所・笠戸で新製
水戸-白河-宇都宮-白河
宇都宮-八王子を経て
1970年04月、新鶴見

1970年10月、亀山へ
1972年04月、廃車




オーバークロスへの築堤をいく、「D51-516」



新鶴見機関区
「D51-448」
新小岩から転属車


「D51-448」
1940年02月19日、汽車製造・大阪で新製
田端-大宮-新小岩を経て
1970年05月、新鶴見

1971年06月、大館-酒田へ
1972年12月、廃車
        



 
機関区に休む「D51-130」



「D51-516」、重連運用か?



「D51-188」
機関区の片隅に、休車中


「D51-188」
1938年10月16日、大宮工場で新製
高崎-国府津-新鶴見-品川を経て
1958年03月、新鶴見
1970年06月、廃車 




転車台に乗る、「D51-296」



給水中の、「D51-448」



給炭中の、「D51-448」
さすが、大機関区の給炭装置




機関区入口の車輪
「8620」?「9600」?「C50」?




おまけ
「EH10-1」と「EF15-120」
「EH10」はトップナンバー



「EF66-14」



「EF65」



「EF60-18」と「EF65」



「EF10」と「EF65」
「EF10」は初期車?



「EF10」と「DL」
「DL」は民間用か?



「EF13-24」



 
「EF13-23」
乗務員室は沢山の人が乗ってます


京浜東北線の「103系」



東海道線の「80系」



高島貨物線
電化記念&さよなら列車

10月10日、東京-横浜港-品川間で運転
機は「D51-791」、生粋の新鶴見っ子



「D51-791」
新橋付近、新幹線「0系」と離合



「D51-791」
1942年10月28日、三菱重工業・神戸で新製
新鶴見に新製配置

1971年02月、大舘へ
1971年10月、廃車
 



横浜港から横浜機関区へ単機回送



横浜機関区で転車台に



復路の出発まで撮影会



新製時から今日まで新鶴見ひとすじ



三日間の運転



品川に到着、もの凄い人、人



東海道線記念運転
1972年10月、鉄道100周年を記念して
汐留-東横浜間にSLが走りました
機は紀伊田辺から借受けた「C57-7」
 
 
「C57-7」
鶴見川橋梁付近か、上下列車



「C57-7」
1937年07月08日、川崎車両・兵庫で新製
小郡-広島-岡山-門司港-尾久
山田(伊勢)亀山-を経て
1970年03月、紀伊田辺

1972年10月、横浜へ貸出・返却

1973年11月、廃車

田辺市・会津児童公園に保存・展示




品川に到着後の機回し







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